さとしの日記

さあ、ビールを飲もう、語ろう

趣味は盆栽です、ってかっこいいですよね?

盆栽のはなし

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盆栽(Bonsai)がヨーロッパ、アメリカまで広がり、しかもけっこう人気なのはご存知だろううか

1989年には世界盆栽大会という大会まで開かれ、イタリアには盆栽の専門学校があるというから驚きである。

 

意外だ。。。と思う我々が一般に考える盆栽イメージは例として、国民的人気アニメに登場するオヤジが趣味程度でいじるような、実に渋いシロモノである↑。

 

地元にある盆栽屋さんの存在

私の地元には実は世界的に活躍する盆栽屋さんがあるそうだ。それが、ぼんさいや「あべ」。以下はFacebookページのリンク

https://www.facebook.com/kukanyubi/

ここで述べられている「空間有美」についての話が実に面白い

以下「ぼんさいやあべ」のFacebookページより引用。

 

空間有美について
盆栽というのは、自然流でなければならない。もちろん、自然の木にも見苦しい枝や不要な枝があれば、
盆栽として作る場合にはそれを手伝ってやる必要もあるし、なかには、自然に反した無駄な作り方をしなければ鑑賞に堪えられない木もあろう。ただし、技巧を加えても、無理をした場所は枝葉で隠すなどしてその跡を見せないことで、無理のないように作っていかなければならない。
つまり、自然に範をとった無理のない木作りをするには、自然の樹木をよく観察し、それぞれの木が育成する環境、性質、個性を考えていくことが大切である。例えば、盆栽の枝を考察してみても、「この枝はなぜ太くなったのか、このような太い枝はどうすればよいのか」とか、「この枝はなぜ細いのか、このような細い枝はどうすればよいのか」などという疑問に答えてくれるのが、自然樹の枝の付き方なのである。
自然にある野山の木々には、長年の間に日陰になっていた幹や枝は枯れ、日当たりのよい枝が残るなどの淘汰が行われている。すなわち、樹齢を経た老木は、自然にみずからの姿を作っていくのである。松は、古くなればなるほど葉数が多くなり、葉数が多くなるほど、重なり枝(下枝)に日光が当たらなくなるため、幹から出た枝や小枝の込み合っているところが枯れて、そこに空間ができるのが自然であり、一枝ずつが自分の決められた場所で十分な働き(芸)を見せてくれる。これを盆樹の枝作りの参考にしないことは考えられぬであろう。
また、自然樹を手本とした樹形の考察で、どうしても忘れられないのが「空間有美」という言葉である。これは、文字通り空間には美しさがあるということで、自然ならば枝と枝との空間、幹と幹との空間、枝と幹との空間が考えられ、盆樹ではこれに鉢の空間が付け加えられるであろう。盆栽を作っていくには、空間を生かし、空間の表す美しさを表現することが重要なテーマとなる。
枝のハズミや変化もなく、ただ庭木を刈り込んだような、樹冠一面がベッタリと葉で埋まっている盆栽を見たことはないだろうか。これでは、盆栽の見どころである幹模様や枝ぶりも見られない。このような味のない木を見ていると、いかに空間(間)が大切であるかを思い知らされる。
盆栽を作るうえでは、常に空間には美しさがあるということを念頭に置いておかなければならない。
これが「空間有美」という言葉に込められた意味であり、願いでもある。

いかにして空間を生かし「自然」を表現できるか。盆栽...想像以上に深い

 

俺にできるのか...ハードルは高い

生け花と違い、盆栽は「引き算」で表現する。

かなりハードルが高そうだ。いや、生け花が簡単というわけではなく、ミスったら修正きかないし、シンプルだから表現の幅も利かせにくい。

さらに、木は年々成長するからそれも考えて、時間軸も操る必要があるようだ。

 

まあ、せっかく知ったしこれもいい機会なので小さい盆栽からトライしてみようかなあと思う。ぼんさいの「あべ」...行かねば